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カテゴリ:取材日記( 27 )

中曽根元総理と同い年の父の特別な関係

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第71・72・73代 内閣総理大臣中曽根康弘さんがご逝去されたとのこと。

中曽根さんと私の父は、大正7年生まれの同い年。

中曽根さんは海軍に、父は陸軍に召集されながら、

戦争から生きて戻ってきて、

戦後は、政治家とジャーナリストという

相反する厳しい関係の中で、生涯を生き抜きました。

そんな二人を結び付けていたものは、

「自分たち日本人の手で、自分たちの憲法を作ること」。

戦争を生き延び、屈辱的な占領下での施政・言論活動を耐え忍び、

「独立したら、まずは憲法を」という二人の共通の思いは、

権力とジャーナリズムという立場を越えて、

時には強い結びつきともなっていたように思われます。

「中曽根総理」には、ことのほか厳しかった父ですが、

ちょうど10年前、父が亡くなった時には、

お別れの会の代表発起人を務めてくださったこと。

父亡き後、憲法改正を政治にかかわるジャーナリストとして

重要なテーマであると考えてきた私自身にも、

格別のご指南をいただいたこと。

この一区切りを、今、私は、異国でどう受け止めたらよいのかと思っています。

憲法改正を見届けられなかったことを、

二人はどれほど悔んでいるでしょうか。

戦後、その必要性を必死に唱えた人たちの思いを、

私たちはもっと想像しなくてはいけないと思います。

何度かインタビューをしたなかで、

学生時代、夜中にふと目が覚めて、思いつくとすぐ枕もとに置いた紙にメモをしていた、と。

昼間はそのメモを深く掘り下げるための時間で、

勉強は図書館でするもの、つまり図書館でする勉強を勉強といい、

学校の授業ではない、と

おっしゃっていたことが、特に印象的でした。

精神統一のために座禅をするというのも有名です。

ご高齢になられてからのインタビューでは

過去の発言との整合性をとるため、

きちんと準備をされて臨まれるという姿勢にも

驚かされました。

そのような方を目の前にすれば、

こちらもおのずと身が引き締まるのです。

色々なことが思い出されます。

どうか、天国で、父と、日本が地に足をつけ、しっかりと進んでいかれるように、

見守っていただければと思っています。



イメージアップ

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少し前になりますが、

日本初上陸のパワーイメージングメソッドのカウンセリングを受けました。
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主宰する田嶋洋子さんは、

ファッションビジネスと心理学を学び、現在はLA在住。

パワーイメージングは、

内面にある魅力を最大限引き出すために、

自分らしいスタイルを生かす、

というもの。

本来の自分に似合った服を着ることによって、

自分に自信が持てる・・・

そんな説明を聞いて、私も「喜び勇んで」診断を受けてきました。

というのも、シーン別に、洋服選びにはかなり気を遣っている私は、

「その場に合うこと」を最優先にしているため、

時として、「本当はこういう服、好みじゃないけど・・」と思いながら

身にまとっていることがあるのです。

そんな日は、「早く一日が終わらないかな」とさえ、思うこともあり、

自分が何を着たいか、

自分は何が似合うのか、

という思考も、もはや停止しているような状態でした。

本当は、好きな服を毎日着たい!

でも、

好きな服と似合う服は違うっていうし、一体私はどうしたらいいの・・・

と思っていたところへ、田嶋先生が見てくださるというのですから、

こんなにありがたいことはありません。
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診断の結果、私は4つのタイプがあるうちの、

「Water」というタイプで、

色目は、どちらかという柔らかいタイプ。
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先生とも同じタイプで、

こんな色目でよいみたいなのです。

うれしい!

私はもともと、ピンクが好きなので、

毎日持ち歩いている「道具」は、ほぼすべてピンク。
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ピンクだけが私のカラーではないけれど、

「着てもいいんだ!」というのは、本当にうれしいこと。

50も過ぎて、ピンクなんて・・・と躊躇う気持ちを、

自信をもって(?)払拭できたせいか、

実は上の写真はほとんどすっぴんに近く、

アイメイクを少し足しただけなんです。

「安堵」と「自信」かな。

買い物に行くときは、

カラーファンの色目を頭に叩き込んで、

洋服だけでなく、小物なども、務めて、

その色の中から選ぶようにしています。

アメリカ西海岸の女性起業家は、

こういうメソッドをどんどん取り入れることで、

成功につながっているとのこと。

私も、自分のキャリアをきちんと築いて、

ちょっとだけでも自信を持てる私が、

周囲を明るくしたり、幸せにしたりできるように、

自分のイメージに合うスタイルを、これからはきちんと貫いていきたいと思っています!

田嶋洋子先生のサイト
http://yokotajima.com/







Amazonロッカー

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去年から気になっていたAmazon Lockerを初体験してみました。

日本のAmazonではなく、AmazonUSAのアカウントを新規に作って、
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配達先の住所のリストに、

近くのロッカーを追加し、指定し、

受け取りは、
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メールに送られてくるバーコードをかざすだけで、

一瞬にしてロッカーの扉が開いて受け取ることができます。

ものの2分です。

しかも、その場で開封して、段ボールもおいてくることできます。


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バナナ?
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開封のためのカッターでした!

日本も、「置き配」が普及しつつあるようで、

それだけ安全な国ということもでもあると思います。

一方で、相変わらず、「受け取り印」をもらわないと置いていかれないという宅配業者もあります。

アメリカでは置きっぱなしにできない事情もあって、

Lockerシステムがあると思うのですが、

その割には、今回、ボストンにきて、Lost Baggageになった私のスーツケースは、

その後、見つけてデリバリーしてくれたものの、

夜中に届けられるので、玄関先や裏側に置きっぱなしにしておくことが定番のようでした。
(無事に受け取れたのでよかったです)

Airlineによっては、「それは勧めない」というところもありましたが・・・。

とにもかくにも、Amazon Locker 初体験は、良い体験でした。

で、夕食は、

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おうどん!



仕事人内閣の評価

舌を噛みそうな、「第三次安倍第三次改造内閣」が

発足しました。

第三次~
第三次~

2014年12月に自民党政権に復帰してから、

6回目の組閣です。

総理は「仕事人内閣」と命名したようです。

仕事をきちんとしてもらう、ということを考えれば、

内閣の評価はまだできませんが、

党役員と合わせて、人事の意図を、

あまり他の人が着目していない視点で評価したいと思います。

1、国会対応を評価する人事

自民党総務会長・竹下亘氏、前職、衆議院自民党国対委員長、
国家公安委員長・小此木八郎氏、前職、衆議院自民党国対委員長代理、
1億総活躍担当大臣・松山政司氏、前職、参議院自民党国対委員長、

通常国会終盤の国会対策、そして閉会中審査における野党との交渉役、

いつ、誰を呼んで開くのか、

国民の批判を本当に反省しているのか大いに疑問だった対応をした3人を、

入閣、党三役へ就任させています。

つまり、安倍総理は、あの国会対応を評価していると、解釈することができます。

2、手詰まり人事

改造前、79歳、元衆議院議長の伊吹文明氏に、文科大臣就任を打診したとの
報道がありました。

三権の長経験者、そして79歳。

確かに、伊吹氏は、文部科学大臣経験者であり、

元大蔵官僚ということもあって、

行政能力にも長け、見識もある方です。

でも、変化の速い社会の中で、斬新な教育改革を急ピッチで進めなければならないときに、

この人選は一体どういうこと?と思わずにはいられません。

余程、玉がなく、手詰まりだったのでしょう・・・。

教育をどうするかより、文科省の立て直しが課題だと認識した総理の閣僚人事。

来年の総裁選に出そうな人の芽を摘もうという、

完全な内向き人事の改造と、私は解釈しました。

その中で、「総裁選には出る」と明言した野田聖子総務大臣の潔さが際立ちました。

女性が足を引っ張っていると言われている政権ですから、

ここで女性だって人によりけりよ!と、

能力のある女性の神髄を見せて欲しいと思っています。



「加計ありき」の問題点

「加計ありき」で決めてきた今回の経緯はなぜいけないのか、

問題は主に2点あると思っています。

一つは、加戸前愛媛県知事がいうように、

今回の経緯で、「四国にこそ、必要」という理由を解決できることなのか、ということです。

「今治市分科会」第二回会合で、

帯広畜産大学畜産学部の猪熊壽教授が、

獣医師の地域偏在の問題に対し、入口出口を本当に解決できるのかと指摘しています。

入口、つまり学生の募集について、
地域枠30人とあるが、例えば地域出身者の入学・授業料の減免などはあるのか、

出口、つまり就職先として、
地域枠30人でとっても、四国だけで就職先などその規模をはけるのか、

また「世界に冠たる・・・」というが、グローバルの出口はどういうところを考えているのか、

という質問に、

加計関係者は同時に行われた他の質問には答えていますが、

この問いには返答していません。

つまり、そもそも獣医学部新設を目指した

「四国に獣医師が不足している」「世界に通用するライフサイエンスを目指す」

という目的を見込める計画にはなっていないといえるのでいでしょうか。

この「今治市分科会」の第二回会合で、加計学園による獣医学部の新設が

きまり、実質、ここでの決定が国家戦略特区の認定となったことは

前のblogで書いた通りです。

二つ目の問題点は、

これらの「荒っぽい」事業計画であるにも関わらず、政府肝いりの政策を決める

それこそが、「行政をゆがめる」

「岩盤規制の穴のあけ方の問題」ということです。

「経緯は議事録をみればわかる」とこれも、政府がよく言いますが、

「国家戦略特区会議」こそ、公開ですが、

「区域会議」も「分科会」も非公開(運営規則第二条)

公開するのは、議事要旨と配布資料のみです。

すべての発言をチェックできるのなら、

猪熊教授の質問にも答えている形跡をみることができるのかもしれませんが、

議事要旨から外す内容とも思えず、

そうなると、非公開の会議の中で、「密室的に」「内々に」

ことを進めてきた、どうしてもそう思わざるを得ず

とても残念な思いです。

52年間も新設が認められなかった理由も未だよくわかりません。

既得権益を死守するためと言われていますが、

本当にそれだけなのか、獣医学会や獣医師会からの説明も必要と思います。

ただ、教育委員や私立大学の理事を務める経験から

少子化、人口減少の中で、学校経営は厳しい環境に置かれています。

その中での「新設」。

それには相応の理由が必要であると、私は感じてならないのです。

「加計ありき」2

国家戦略特区による加計学園の獣医学部新設が認められた経緯は以下の通りです。

1、広島県・今治市が国家戦略特区第三次指定となったのは、平成28年1月29日。

その後、

2、「広島県・今治市国家戦略特別区域会議」の下に平成28年3月30日に

  「今治市分科会」が設置され、

3、同年9月21日に、第一回会合が開かれました。
  ここで、今治市から「獣医学部新設を申請したい」という希望が出され、

4、第二回会合が開かれた平成29年1月12日に、具体的事業者として加計学園関係者が
  会議の構成員(案)として出席(「案」の決と取った形跡は公開されている議事要旨から 
  はみてとれないが)、事業計画の説明を行いました。

  そして、この分科会で議決→平成29年1月20日の「区域会議」で、獣医学部新設の区域計画の認定を決定→同日、「国家戦略特区会議(座長:安倍総理)が家計学園による今治市での獣医学部新設の認定を行った、ということです。

公開されている議事要旨等からは、このような経緯がわかります。

また、24日の衆議院での閉会中審査で、

加戸守行前愛媛県知事は、平成17年度から、構造改革特区として加計学園と一緒に獣医学部新設を目指してきた旨の発言がありました。

政府側は、獣医学部新設を目指してきたのは、

特に、国家戦略特区としては「今治市」であり、
1月の告示を行うまでは、加計は一切
関係ないという主旨で国会での答弁を行っています。

でも、時系列で考えれば、獣医学部新設=今治市・加計学園

というのは明々白々。

その証拠に、「京都府分科会」は設置されていないのです。

いくらごまかそうと思っても、国民の目はごまかせないと思わざるを得ません。
  

「加計ありき」1

二日間にわたっておこなわれた国会の閉会中審査。

「言った」「言わない」のやり取りが続いています。

また「総理は加計学園が国家戦略特区として獣医学部を申請したことを知ったのは
いつだったのか」というところに疑惑の目が向けられています。

私はこの問題の本質は、

「国家戦略特区」として認めるにあたって、本当に公正、公平な判断があったのかどうか、

ということであると、思っています。

つまり、「加計ありき」だったのかどうか、ということ、

それにより行政が公平・公正な判断をしなかったのではないかという疑惑という一点に絞られると思っています。

政治や行政の世界、また今回の「国家戦略特区」という総理大臣肝いりの政策を進めるという
ことでなくても、

一般社会でも、

「言っていなくても意をくむ」
「言わんとしていることを想像しながら、最適の行動をとる」

ということはよくあることです。

夫婦や家庭の中でも、大いにあることです。

そういった、人間社会での普通のやり取り、

人とのかかわりを考えれば、

「加計」という個別具体名を挙げなかったからといって、

「加計ありき」ではなかったとは言い切れないと私は解釈しています。

ならば、どこで「加計ありき」であったと判断するかといえば、

政府が公開している資料、

国会での答弁で十分裏付けられるのです。

あとは、国民が、この経緯をよく見、考え、一人一人が判断すればよいことではないかと

思っています。

ついに、首都高地下化




ついに、首都高速道路の再生に動き出すとの報道!

この記事に出てくる平成24年の国交省の有識者会議のメンバーだった私としても、

やっとやっと、という思いです。

「首都高速道路の地下化を含めた再生」を提言した主な理由は

  ・老朽化対策
  ・環境改善
 
です。

昭和39年の東京オリンピックに合わせて建設された首都高速道路。

老朽化からくる危険性が何より問題です。

有識者会議では都心環状線の地下化を提言しましたが、

今回は日本橋周辺の2.9キロとのこと。

それでも大きな大きな第一歩です!

安倍政権に願う

この数か月、政治の話題の中心にあったのは、

加計学園問題です。

都議選での自民党惨敗の主要因と私は考えています。

国家戦略特区認定に関する不透明さが

国民からの「説明不足」という不満につながっているのですが、

前川喜平前文部科学事務次官の、国会での参考人招致が終わってもなお、

その説明不足、政府の不誠実な対応に

国民の不満は小さくなるどころか、更に大きくなったのではないかと思っています。

この問題が大きくなっていく中で、

どうしてこんなに「こじれている」のか、

様々な人に事情を聞いてきました。

結局のところ、政権の「対応の仕方」、その背景にある「国民を見ない姿勢」が

今の一番の問題だということがわかってきたのです。

私自身は、国家戦略特区制度自体は間違っているものとは思っていません。

長く続いた、いわば戦後体制の中で、

政治の、あるいは政権のリーダーシップによって、

制度を変える必要がある箇所は、今の日本の社会の仕組みの中に

山ほどあると思っています。

長く続いてきた制度を変えるからこそ、

様々なところに軋轢が生まれます。

抵抗勢力も、

またそれをやろうとする政権自体をつぶそうという動きがでてきても、

何ら不思議ではありません。

その中で、「大きな権力」を使いながら、

世の中を変えていくわけですから、

説得力のある正当な理由が必要であり、

そのプロセスについても、丁寧さが必要だと思うのです。

独裁体制と、民主主義との違いはそこにあります。

「大きな権力」を使うにあたって、

使う人が「大きな権力だ」ということへの自覚が足りなかったことが、

私は今回の加計学園問題を引き起こしたのだとみています。

国家戦略特区制度を担当してきた補佐官や審議官、

そして大臣、時には官房のしかるべき方々、

そして自民党執行部に

その自覚が足りなかったのだと思っています。

そしてこの問題に真摯に向き合おうとしなかったのは、

安倍政権が、

一部にある、安倍おろしや倒閣を目指す勢力「しか」見なかったからです。

その外に、多くの国民がいます。

多くの国民は、

仮に「総理のご意向」のようなものがあったとしても、

それが本当に国のためになるのなら、

未来の子供たちにためになるのなら、

強いリーダーシップを発揮してくれてもいいと思っている人々です。

憲法改正も然り。

特に私自身は、憲法改正を実現するのなら、

ここで倒閣などしている場合ではない、と思っています。

また、安定した安倍政権だったからこそ、

北朝鮮や中国の軍事的脅威の中にあっても、

国民は平和に日々を過ごしてこられたと思っています。

それに気づき、安倍政権を評価する声も、

たくさん聞かれるのです。

だからこそ、

目の前にある、「反安倍」の動きにばかりとらわれていた

政権執行部の判断は、間違っていると思わざるを得ません。

良識的な判断ができる国民の方が実は多いのです。

政権を支える人の中には、この「誤り」に気付いている人もいます。

今からでも遅くありません。

ここでもう一度、安倍政権が本当に国民のための政権として

続いていくのなら、

誠実で、嘘のない説明を堂々としてもらいたい。

心から、そう願っています。

これからの都民ファーストの責任

都議選告示前の6月のある日、

「首都決戦」の象徴的な選挙区である千代田区の

自民・都民ファースト、各候補者の取材をしようと、

両陣営に行きました。

自民の事務所は大通り沿い、人目にもつく場所にある一方、

都民ファーストは裏通りの人通りもまばらな場所。

事務所にいる人数も、自民は十数人いるだろうと思われたのに対し、

都民ファーストはたった二人。

突撃だったので、どちらも活動中で、候補者は不在でしたが、

選挙特番にでることはすでに決まっていたので、

そんな話を含めながら、事務所の人としばらく会話を交わし、

「また来ますね」と名刺を置いて帰ってきました。

その後、事務所を出て5分位経ったところで電話があったのが、

都民ファーストの候補者であった、樋口たかあき氏でした。

「わざわざお訪ねいただいたのに、不在ですみません」と。

その話ぶりだけでも、「彼は行ける!」と確信したのでした。

その後、どうしても一度会っておきたかったので、告示後、

それぞれの事務所に、いつ、何時ごろ、どこにいけば会えるか
問い合わせたものの、

きちんと丁寧に対応してくださったのは、樋口さんの方で、街頭の途中で落ち合える場所を教えていただきました。
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結局、中村彩さんとは、街頭演説は聴いたものの、会話を交わす状況は生まれなかった
のです。

私はお二人とも面識はありませんでした。

また事務所の人も、私を一目見て、どんなことをしているのか

ご存知だったわけではありません。

しかも、私は千代田区の有権者でもありません。

それでも、樋口事務所からはその必死さと謙虚さが伝わったことは事実です。

全ての事務所が、候補者が、この構図に当てはまるということではないのですが、

こんなところに、自民党は組織としてがんじがらめの「おごり」が表れていたとも言えると思っています。

「ドン」は引退し、27歳の若い女性に代えても、都民を見る目は同じということなのです。

国政での自民党への批判票とも言われていますが、

現職の自民党の都議自身も、人によりますが、まじめに選挙対応してこなかった、
そもそも都議の仕事とは何かを真剣に考えなかった、

その「ゆるみ」「たるみ」があったことも事実です。

さて、都民ファーストは、大量の新人議員を創出することになりました。

それはそれで心配があります。

臨時都議会は8月1日だそうですので、それまで約1か月、猛勉強をしてほしいです。

特に議会改革の先例を学ぶことをおススメしたいと思います。

小池知事が望んでおられる議員提案条例を提出できるようになるためには、
何が必要なのか、

それをしっかり学んでほしいと思っています。

都民ファ―ストには、政党として、議員を育てる責務を負っていることも

自覚してほしいと思っています。







細川珠生 ブログ


by tamao-hosokawa

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