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中曽根元総理と同い年の父の特別な関係

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第71・72・73代 内閣総理大臣中曽根康弘さんがご逝去されたとのこと。

中曽根さんと私の父は、大正7年生まれの同い年。

中曽根さんは海軍に、父は陸軍に召集されながら、

戦争から生きて戻ってきて、

戦後は、政治家とジャーナリストという

相反する厳しい関係の中で、生涯を生き抜きました。

そんな二人を結び付けていたものは、

「自分たち日本人の手で、自分たちの憲法を作ること」。

戦争を生き延び、屈辱的な占領下での施政・言論活動を耐え忍び、

「独立したら、まずは憲法を」という二人の共通の思いは、

権力とジャーナリズムという立場を越えて、

時には強い結びつきともなっていたように思われます。

「中曽根総理」には、ことのほか厳しかった父ですが、

ちょうど10年前、父が亡くなった時には、

お別れの会の代表発起人を務めてくださったこと。

父亡き後、憲法改正を政治にかかわるジャーナリストとして

重要なテーマであると考えてきた私自身にも、

格別のご指南をいただいたこと。

この一区切りを、今、私は、異国でどう受け止めたらよいのかと思っています。

憲法改正を見届けられなかったことを、

二人はどれほど悔んでいるでしょうか。

戦後、その必要性を必死に唱えた人たちの思いを、

私たちはもっと想像しなくてはいけないと思います。

何度かインタビューをしたなかで、

学生時代、夜中にふと目が覚めて、思いつくとすぐ枕もとに置いた紙にメモをしていた、と。

昼間はそのメモを深く掘り下げるための時間で、

勉強は図書館でするもの、つまり図書館でする勉強を勉強といい、

学校の授業ではない、と

おっしゃっていたことが、特に印象的でした。

精神統一のために座禅をするというのも有名です。

ご高齢になられてからのインタビューでは

過去の発言との整合性をとるため、

きちんと準備をされて臨まれるという姿勢にも

驚かされました。

そのような方を目の前にすれば、

こちらもおのずと身が引き締まるのです。

色々なことが思い出されます。

どうか、天国で、父と、日本が地に足をつけ、しっかりと進んでいかれるように、

見守っていただければと思っています。



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細川珠生 ブログ


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